【幼稚園時代⑤】個人経営の難聴教室がすごくよかった!

【お知らせ】
実は明日、NHKにちょっと映りますー!

10月14日(土)20:45-21:00 『ろうを生きる難聴を生きる』
どんな感じで映るかわかんないけど…wよかったらみてくださーい♪

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いろいろと幼稚園時代の話をしてきましたが、今日は幼稚園時代から通い始めた難聴教室についての話をしたいと思います♪きっと気になっている人のほうが多そうな気がします。笑 

個人経営の難聴教室があった!

前もお伝えしていた通り、難聴児通級施設だけではなくもう一つの難聴教室にも通っていました。
当時はインターネットがないので母が人伝いでいろいろな情報を探している中で口コミで教えてもらった場所なんだそうです。

ここは色々と難聴児教育の研究をしていた1人の先生が教えてくれており、週末のお昼、2週間に1回~1か月に1回なのですが、かなりの効果がありました。こないだの発音テープの発音レベルが3歳と2年生で飛躍的伸びたのもここのおかげ。
他にも、年齢相応以上に文章が上手にかけるようになったのもここのおかげと言っても過言ではないくらいでした。

ここで一緒に学んでいた子供は全員一般の学校に通っていました。
もちろん、大人になってからの手話・口話の選択はそれぞれバラバラになっていますが「ことばの力」はしっかりあります。変な文法を使うこともないし、語彙も豊富でした。
本当に語彙は全員年齢相応かそれ以上にあったような気がします。

発音教室に通っていたころ↓

※私が小学校高学年のころにこの教室はなくなりました。

ここでは、主に発音の練習と、ことばの勉強をしていました。

発音の練習

発音の練習はストローを入れて…「しーすーしーすー」と言ったりします。加えて練習するときは先生が編み出した言葉の法則を使って、練習していました。

例)「あーんーなー」
からまで息を切らさずに言う、あーは次のを誘い出す役割があり、んーは次のを誘い出す役割があるのできれいに言いやすくなる・・・と言った感じで言う言葉がそれぞれ決まっており、それをちゃんと言うとだんだん上手に言えるようになりました。
例えば、「んー」がおかしい時は、舌にお菓子を挟ませる…等いろいろな工夫がされていました。

例えば息だけで言う→声を出して言う等で息の動きをしっかりと学んだりとひとつひとつの発音を丁寧に教えてもらいました。

(「あいうえお」だとこんな感じ★です。)

流れとしては6人程度の親子が来ていて、それぞれ一人ずつ教えてもらった後は親のところに行って発音を確認してもらうという感じで、自分でも舌の動きなどを意識しながらやるようになりました。なので今でも日本語50音の舌の動きがわかるので、たまにあれ?発音やばいかも?って思ったときは基本にかえってコソッと確認するときもあります。笑

ことばの勉強

ここでは、3歳半ごろから、小学校5年ごろまでの間、ことばを徹底的に勉強しました。

難聴児が弱くなりがちな慣用句なども早い段階で覚えさせられていたので、小学校の授業で習うころにはもうすでに知っている…という状態でした。また、擬音語や擬態語も幼稚園年長さんから小学校低学年ごろには相当な量をインプットしていました。

なのでかなり勉強面でも既に「これ知ってる~!」と思うものが多く、アドバンテージがありました。

小学校になると内容はますます高度になりました。
確か小学校1年でごんぎつね、小学校2年くらいで羅生門、3年くらいで走れメロスなどを題材にしていたように思います。
そういった本を題材にしたりしながら、文法や覚えるべき言葉を教えてもらいました。

また、結構所々でこれは「どういう意味?」と聞かれるんですね。
例えば走れメロスでは「敏感」「憤怒」「律儀」ということばが出てきますが、先生に「どういう意味かわかる?」と聞かれるんですね。
なんとなーくのニュアンスではわかっていても、はっきりした説明って結構難しいんですよね~。毎回説明させられるのでわからないなりに考えて、ことばにのせて説明するといったことをしていました。

このおかげで説明力はかなりついたのと、ちょっと海外っぽいのですが先生とのディスカッションが多かったので人前で説明するということに慣れました。説明しないと次に進まないし、間違えてもいいから答える!と言う感じでとにかくやってみる!感じでした。

私の場合はここが自分にあっていた!

ここで勉強してきたことは本当に私に合っていたんです。
中高時代、国語の模試で全国1位(1かいずつだけですよw)がとれたりしたのも、ここで土台作りをしっかりしてもらったからかな~。と実感しています。

とはいえ私を教えてくれている時点で既にご高齢だった先生なので、教えてもらっている言葉に古いことばも多く、みんなが付いていけるような授業ではないことも多々ありました。笑

小学生の授業なのに母ですらわからないことばがしょっちゅう出てきたようです。笑

他にも、90分ずっと静かに座ってられないと叱られたりと、本当に昔の先生!と言う感じでした。年齢的には戦争時代を生き抜いている方ですので、厳しいところもありましたし、礼儀など、本当にしっかりするように言われました。

でも、ここに通ったおかげで今の私がある!というくらいこちらの先生には心から感謝しています。

大事なのは勉強時間の総数ではなく質のいい教育!と、家での反復練習!

実はここは、月に1~2回しか行っていなかったんですね。それでも通級施設に週に3-4回通うよりも効果が高かったと思います。
この経験から、集中する時間と、家庭での言葉かけ、そして質のいい教育がとても大事なんだなあ~と大人になってから改めて思いました。

また、難聴児通級施設やこの難聴教室に通って教えてもらって良かったところは本当にたくさんあります。

その反面、無駄な部分もありましたし、一律的な教育だったので、今思えば、もっとこういうことも教えてほしかった!と言うような部分もあります。

また、私自身が実際に聞こえる世界で過ごしてきたときに、こういう言葉知らないな~とか、ええ!みんな知ってるの!と驚くような言い方などもたくさんありました。

加えて私自身が大学で学んだ心理学や幼児発達論も踏まえて、お勧めだと思うやり方や、効率のいいやり方をワークショップではお伝えしています。

そして講演会やワークショップでお会いしたご両親の声から産まれたのがこちら!ことばを徹底的に鍛える教材です!✨


実はカウンセリングをした人にだけこっそり紹介していたのですが、結構好評なのでブログでも密かにオープンにしてみました。

ここに通っていた同級生はその後どうなのか?

私の幼稚園時代のお話はたくさんしてきたので、今日は切り口を変えてこちらの難聴教室に通っていた同級生のお話です。

人工内耳がそこまで流通していなかった時代というのもあり、当時来ていたメンバーは100dB以上の子が半分でしたが全員補聴器をしていました。
それでも聴力が悪い割には比較的発音がきれいで、ちゃんと相手に伝わる発音をできる人が殆どでした。

また、同級生は全部で6人いたのですが、その6人全員が一般の学校に進みました。
ことばの土台がしっかりしている分学習言語で躓くこともありませんでした。

だからなのか、勉強などはできる子が多く、薬剤師が2人、メーカーで研究をしている人や大企業で働く人…等と言った風に全員が自立して働いています。(※結婚後の勤務状況等は不明です💦)

大人になってからは自由に自分らしい道を選択している!

ずっと口話で育ってきているみんなですが、実は、現在(29歳)の手話・口話の選択の比率はちょうど半々なんです!

6人中3人が手話を覚えて、現在は手話を取り入れて会話をしています。そのうち、2組は結婚しているのですが聞こえない人同士の結婚だったので、おうちでも手話を使われているのかな?(こちらはちょっとわからないです~聞いてみようかなー)

そして私含む残り3人は口話のまま過ごしており、聴者と結婚しています。家の中でも口話で会話しているという感じですね。

本当にみんながそれぞれ大人になってから自分で選択している道は、多岐にわたっておりそれぞれバラバラだな~と思います!本人の性格や周囲の環境もありますが、いずれも(私から見ると)皆、それぞれの道で楽しく過ごしているように見受けられます。

こんな風に幼いころに口話教育を受けてきていた子供たちですが、大人になってからはバラバラっていうのもいいですよねえ~♪
うち1人は以前記事にしましたとおり、今は手話を選択しているが、幼いころの口話教育には大変感謝しているとのことでした。

私は、手話も口話も、人工内耳も補聴器も、なにをとってもいいじゃーん♪と思っています!時代も変わるし、柔軟に選択していくべきだと思っています。

でも、どれを選択しても、

絶対ことばの力は必要!です!

 

今日はここまで!ようやく幼稚園編がおわったーー!と言うわけで次回以降は小学校の話に進んでいきたいと思います。

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