聴者の世界で対等な人間関係を築くことはできるのか?

本日は難聴児をもつご両親によく聞かれること。聞こえない子と聞こえる子の友人関係は成り立つのか。

耳が聞こえなくても、聞こえる子と対等な人間関係を築くことができるのか?

ご両親

我が子が重度難聴児で、人工内耳を入れたのもあり、これから一般の学校や幼稚園に行かせようと思っています。
そこで、本当に周りがみんな聞こえる中で、聞こえる子たちと、我が子が仲良くなれるかほんとうに心配です…。

ご両親

ろう学校の先生方や、いろいろな経験者に聞いていると、聞こえない子の場合はやっぱり年齢が上がっていくと聞こえる子とうまく行かなくなってきて、手話で会話をするようになったり、友達と上手く行かなくて不登校になったりと、結構大きくなってから問題を抱えることが多いと聞きます。でも、将来聴者とと対等な立場で楽しく付き合うことはできるのでしょうか?

ユカコさんはどうでしたか?

といった質問を受けることがあります。
なので今回はそのことについて(きついことも言うかもしれませんが)私自身が思うことを正直な気持ちで書かせていただきます!

※あくまでもユカコの意見です。

聞こえる人と聞こえない人が対等な人間関係を築くことはもちろんできる!ただし、聴者の世界で対等な立場を求めるのであれば条件は必要。

※すでに手話や難聴に理解のある人ではなくて、一般的な聴者の世界の中での人間関係がうまくいくかどうかということでお答えさせていただきます。 

正直言って、私自身の経験からも聴者の世界では、難聴の人に出会ったことがない人のほうが多いです。

そうなると、「え!聞こえないの?」と多かれ少なかれ偏見であったり、間違ったイメージを持たれることの方が多いです。なのでそういった間違ったイメージや偏見を覆すためには、聴者の世界で当たり前に行われていることが「できる」という条件が必須になってくると思います。

もちろん小さいうち。例えば幼稚園くらいまでであれば、どんな子供であっても比較的対等に付き合ってくれることがほとんどですが、8歳〜9歳をこえてくると、ここができないと、そもそもどうやって対応したら良いのかがわからない…という人が多いように思います。

では、条件についてお話をしていきます!(*^^*)

 

条件1:文法を間違えずに使うことができること

そもそも、コミュニケーションが取れないと、友人関係以前にに人間関係が厳しいところがあります。

そして、聞こえないことに理解がある人ならともかく、一般的に文法使えないとまず、聴者と対等なステージに立つことができません。

例えば聞こえないと、成人していてもこんな文章を書いてくる人もいます。

「私は、耳のもっと不自由です。おんなで、あなたにも、色々苦労してたいへんだね。」

この文章を見た時点で、一般的な聴者は「この人とは」まともに会話ができないなと思うと思います。

正直会話をしたいと思えるような人であっても、筆談”すらできないと結構ツライものがあります。ですので、聴者の世界で生きていこうと思うのであれば、日本語文法は最低限ストレスなく使えるレベルであることがマストです。

正直言って、何歳になっても勉強はできます。日本語文法に自信がないならおとなになってからでも勉強してほしいなって思います。
だって第二言語で日本語を覚えてペラペラ話している人もいるじゃないですか〜!

個人的には、手話が第一言語としても、日本で暮らす限りは日本語の文法くらいはできていると世界が広がるのになーと思っています。
ろうの世界も、難聴の世界も、聴者の世界も、どの世界にもシームレスに移動できたら最強ですよね。

条件2:相手に最低限の発音が伝わること

完璧な発音を話す必要はありません。

6割くらいできれば充分だと思います。相手に伝わる最低限の発音ができれば、多少わかりにくくても、聞き返されることがあっても、正直全く問題ありません。人って慣れるものなのでいつも一緒にいる難聴者の発音に慣れて、だんだん何を言っているのかわかってくるようになります。

とはいえ、さすがに“全く何を言っているのかわかってもらえない”レベルであれば、まずは発音の練習からしたほうが良いでしょう。

なので、発音は6〜7割を目指して自信を持って声を出す事が出来る環境を是非作ってあげてください。

条件3:ある程度聞き取りor読唇術が出来ること 

 どういう形態ででも、相手の話している事が分かる必要があります。
なんていっているのかがわからないとやはりコミュニケーションを円滑に取るのは厳しいと思います。なので、できれば5割が筆談での会話だとしても残り5割はなんとか聴者のコミュニケーション形態についていこう!という意欲は必要になってくると思います。

なぜかというと、どうしても聞こえる人にとったら「普通に話す」方が楽なので、全て筆談!というのは現実的になかなかしてもらえません。

今はPCテイクや技術が発達しているとはいえ、それが聴者の世界に普及して、かつ対等な人間関係を築くことができるツールになるまでは正直まだまだ先が長いと思います。

条件4:人間関係を築く上で最低限の常識や感覚があること

 聞こえないとどうしても”聞こえない人特有の常識”が主流になってしまったり、様々な情報が入りにくい分偏った考えになってしまう人が多々います。

もちろんどっちの常識が良い、悪いではなくて、基本的に自分の属する世界の常識から外れるコトは理解することは難しいところがあります。(理解しようと思うかどうかの意識の違いもあります)

例えば聴者内での一般常識として、
・目上の人を呼び捨てにしない
・敬語を使う
・謙遜など額面通りに受け取らない会話がある
・曖昧な表現で柔らかく断ることがある
・時間を守り、遅れるときは連絡をする
・人を呼ぶときにものを投げたり、肩をたたいたりしない

…等、いろいろな人付き合いのルールがあります。

そして、そういうルールは4−5歳児から徐々に同世代とのコミュニケーションで形成されていきます。さらに年齢が上がればだんだんコミュニケーションも高度になります。

そして、こういった一般常識や、対人関係の感覚は社会に出る前には身につけておくべきものです。

条件5:人として付き合いたいと思える人であること

私が何より大事だと思っていること!

聞こえなくても言葉が通じにくくても筆談ででも仲良くしたい!と思わせるような性格であったり、リスペクトできるような人であることはなによりも大切です

例えば…耳が聞こえないことのせいにして、いろいろなことに対して批判したり、ぐちぐちいうような人と付き合いたくないですよね。

そういった意味でも人として尊敬できる・付き合いやすい性格であることは大事です!!難聴があっても、“この人と話したい!”とこの人の為なら、筆談しよう!ゆっくり話そう!と思ってもらえるポイントがあれば、発音が悪くても、ぜーんぜん良いと思ってます♪

総論

これらの条件さえ当てはまれば、普通に聞こえる聞こえない関係なく対等な関係の友人はできると考えています!特に、最後の人として付き合いたいと思う人である事が当てはまれば100%できます!!!

そして、厳しいことを書いているようですが、聴者の世界で生きていくのか、聞こえない世界で生きていくのか。
もちろん、どちらも選んでもいいと思います。
例えば子供が自分で聴者の世界→ろうの世界を選択するケースもあるでしょう。

ただ、私の場合は聴者の世界を知ることで、幅が広がったり、人生が充実したなと思う部分があるので、聴者の世界の良さを知っています。ただ、その分難聴者だからこそ辛いことももちろんあります。

でも、子供が自分で選ぶことができるようになった時、希望する世界に行けるように、
ことばの基礎を作ってあげる事と、聞こえないことで抜けてしまいやすい常識を教え込むことは最低限必要だと実感しています。

難聴児の育児、一緒に頑張りましょう!♪