運営メンバーの紹介

Yukako Makino

代表:牧野 友香子
・重度聴覚障害者(当事者)
・子供が難病児・障害児(親の立場)
・ソニー株式会社での人事経験(7年)
・2児を育てるワーキングマザー
大阪出身、横浜在住。
先天性の感音性難聴で両耳110dB〜の重度難聴である。
2歳の時に難聴が判明し、2歳半で初めて補聴器をつける。
幼児期に口話による訓練を行い、一般校に通いながら神戸大学へ進学、ソニー株式会社の人事として7年間勤務。
2018年3月に同社を退職し、2018年よりデフサポが届ける支援の輪の拡大を目指す。
1988年大阪産まれ、大阪育ち。
先天性の感音性難聴で両耳120dBの重度難聴である。
2歳の時に難聴が判明し、2歳半で初めて補聴器をつける。
幼児期に口話による言語訓練を2か所で行う。
並行して母が試行錯誤しながらことばを教えるためにいろいろな工夫を凝らした。
その甲斐あって、ことば面では苦労することなく勉強にも問題なくついていけるように。
言語訓練施設と並行して地元の公立幼稚園に通学し、そのまま地元の小学校、中学校まで進む。
健聴者に交じってピアノ、水泳、塾、テニスといった習い事もする。
高校は、大阪府立天王寺高校に入学。
テニス部に入り、部活に明け暮れた毎日を過ごし、先輩後輩の上下関係を学ぶ。
大学は、神戸大学に入学。
各ライフステージに置ける高いQOL(Quality Of Life:生活水準の質)を実現するために、臨床心理学、乳幼児発達論、幼児心理学、行動心理学を学ぶ学部へ。主に聴覚障害者の行動心理に興味があったため、行動心理学の研究を行う。
リーマンショック後の就職氷河期と呼ばれる時期の就職活動のさなか、大企業数社に内定。その中でも同僚が面白く、一番”楽しそう”なソニーで働くことを決める。
2011年、ソニー株式会社に入社する。(一般採用)
初めて大阪から上京し、初の社会人で初一人暮らし開始。就職した先での人間関係でも上司や先輩にいろいろと指導をしていただき、社会人としてのマナーや基本を叩き込まれる。人事を7年経験。
幼稚園から大学卒業、就職しても難聴者が周囲に一人もいないという環境だったため、必然的に健聴者とのいろいろな人間付き合いのコツを習得。
また、人付き合いだけでなく聴覚障害で困る場面、乗り切り方等を実践的に体験。
現在は、聴者の夫と結婚し、2児を育てるワーキングマザー。
第1子が50万人に1人である骨の難病を持って生まれており、いろいろと調べても情報がでなかった経験から、改めて『難聴』についても知りたい人がいるのでは…?と仕事と育児の合間にデフサポで難聴のことについて書き始める。
世の中の難聴児の親御さんが求めていることや、聞こえない子供への教育に悩んでいる事が想像以上に多いこと、そして連携機関の選択肢の少なさを実感する。
改めて幼児教育の重要さを難聴児の親に向けて発信するとともに、企業や聞こえる人へも難聴についてわかりやすく説明し、より多くの人に難聴について知ってもらうために活動。
加えて学校の先生からの依頼や、難聴児の保護者からの依頼で、幼稚園・保育園や、学校での難聴理解の授業、専門家向けの講演なども全国にて対応中。
カウンセリングの依頼(2018年8月時点で356件)やホームトレーニング教材希望者も増えており難聴児の取り巻く環境の大変さをますます身をもって実感している。
基本的にコミュニケーション手段そのものも大事だがそれ以上に「思考的言語力」の重要性を実感しており、手話であっても口話であっても、自分の頭で深く考えることができることが何より大事だと感じている。
聞こえない子供が自立した上で自分らしく幸せになるためにもことばの力やソーシャルスキル、そしてなにより自分の頭で考えて道を切り開けるような土台をつくっていけるように今はホームトレーニング教材などを中心に実施中。
難聴者と、難聴児のご両親がが今よりももっともっとHappy!に人生を楽しむことができるように頑張ります!ぜひこれからも応援よろしくおねがいします(*^^*)

Aya Ishida

石田 彩
■保持資格
 ・言語聴覚士(ST)
 ・特別支援学校教諭専修免許状取得(聴・知肢病)
 ・幼稚園教諭二種免許状取得
 ・小学校教諭一種免許状取得
■担当内容
 ・教材/カウンセリング関係/記事執筆
私はデフサポで、難聴のある子どもたちが「手話であっても口話であっても、『ことば』を身につけて自分らしさ」を発揮して素敵な日々を送っていくための土台作りを、専門知識とこれまでの経験を生かしてお手伝いしたいと思っています。
私は高校時代に放送部でアナウンスや朗読といった「話す」ことに没頭していました。そこで「ことばを駆使すること」の難しさや楽しさ、奥深さに出会い、悩んだ経験をしました。
そこから「ことば」に興味を持ち、これを追及してみたいと考え、「言語聴覚士」という存在を知り、大学に進学しました。
こんなことを言うと叱られるかもしれませんが、当時の私は「難聴を追究していく!」という確固たる決意があったわけではありません。
ですが、そんな私に転機をもたらしてくれたのが、大学時代に出会った教授と難聴児、ご家族の存在です。
たくさんの家族との出会いとかかわりは、私たち人間が生きていく上で「ことば」が必要不可欠であること、また、それを獲得・習得していく上で、『聴覚』がどれだけ重要な役割を果たす感覚であるのか、そして、そこに困難があることが、さらなる困難な「状態」を生み出すことになってしまうという繋がりがあることを教えてくれました。
幸運にも得られた豊かな経験の中で、「私は難聴に関わる人達の支援をしていきたい」と自然に思うようになりました。
大学を卒業後は小児病院の耳鼻科に就職し、自分の志す道への第一歩を踏み出したと思いました。そこで、たくさんの難聴児と家族に出会うと同時に、それぞれが抱える悩み、不安、苦しさにふれ、子どもたちの泣く声もたくさんききました。
正直に言って笑顔よりも緊張したり泣いたりした顔を見たほうが多かったかもしれません。病院に来ることで疲れているように見える家族もいました。そのたびに、もっと子どもも家族も心を開いて、リラックスして臨めるかかわりがしたいと強く思いました。ですが、ある程度大きな組織の中ではそれはなかなか難しく、また、私自身、それを直談判するような勇気もなく、「もっとこうできるのではないだろうか…」そんな思いを繰り返していました。
どうにかできないかと動き始めたとき、デフサポに出会いました。
「ことばの力」は難聴児であっても健聴児であっても自分を発揮していろいろな人とかかわり生きていく上でとても重要であることに変わりはないと思います。
難聴児はその特性上、健聴児よりも少しだけことばに意識を向けることが必要になります。それは多くの親御さんにとっては未知のことで、どうすればいいのか、不安がとても大きいことは当たり前だと思います。
お子さんと一緒に楽しくことばの力を育める教材を作成することを通して、そんな不安を少しでも軽くするお手伝いをします!
そして、私自身も言語聴覚士としての視野を広げ、専門性もより高めていきますので、末永くよろしくお願いいたします!