前回の続きとなります。
(聴力検査でリファーになった!そこから精密検査で確定する確率などについて言語聴覚士が徹底解説!)
今回は新生児聴覚スクリーニングで難聴がわかったあと、補聴器をどんなふうに装用していくのか?どんな効果があるのか…を具体的なデータを出していきながらご紹介していきます。
Q:補聴器装用は早くしないといけないの?
他の箇所でも詳しく述べますが、補聴器装用が早いほど将来的な音声言語発達が有利になることは多く報告されています。人工内耳の効果が高いと考えられる重い難聴でも、人工内耳の手術に至るまで補聴器を装用し早期に対応することが望まれています。
「難聴児の早期発見・早期療育」によって、健聴児と同じぐらいの言語能力をつけてもらい、子どもの可能性を広げてあげよう、という流れが海外ではできつつあり日本でもその考え方が広まってきています。
海外の専門家たちが集まって共同の意見表明として出しているのが「難聴児の早期発見・早期療育」を具体化した1-3-6ルール(ガイドライン)です。あくまでもガイドラインですが便宜上「1-3-6ルール」とここでは記載します。
Q:1-3-6ルールって?具体的にはどういうこと?
一言でいうと難聴児の早期発見・早期療育を具体化したものです。「いつまでに」「何をする」ということが目標として掲げられています。
(産婦人科病院でパスか要再検査の判定)
公益社団法人 日本産婦人科医会より引用
表には、NHSにより、早期の療育開始に至る確率は20倍以上あがり、早期の療育開始により、コミュニケーション能力良好となる確率は3.23倍以上上昇と書いてあります。
Q:難聴児のうちの半分は”ハイリスク”要因を持つというのは?
米国だけでなく筆者がオーディオロジストとして働いていたカナダでも2000年ぐらいまでは、難聴のリスクの高いNICUのお子さんのみに対して行っているところが多かったです。なぜなら、先天性難聴児の半分をNICU児が占めていたからです。難聴児として発見される残り半分は、正常分娩でハイリスク要因のない赤ちゃんです。また、NHS当初は、簡易にできるOAEやAABRではなく、ABR(聴性脳幹反応)検査をしていましたので検査結果の判定に検査者の経験も関係し時間も長く必要でした。ハイリスク児だけでなく、新生児全員にという考えをもとにNHSの受検率が高くなってきた背景には、「誰でも手軽にできるスクリーニング機器」の開発がなされてきたということもあります。
先ほど、難聴児として発見されるお子さんの半分は、難聴のハイリスク要因をもつ赤ちゃんとお伝えしましたが、どのような子どもがハイリスク児になるのでしょうか。乳幼児期に難聴になりやすい子どものハイリスク要因は以下の表の通りです。
(※注意:資料2の表1の英語の原文をもとに筆者が要約したものです。翻訳文責は負えませんのでご了承ください。)
10~12の難聴ハイリスク要因は、周産期だけでなく、出産後に起こりうる要因としても挙げられています。また、難聴のハイリスク児の場合は、スクリーニングでパスと判定されていても、退院後も慎重な経過観察が必要といわれています。
Q: 両耳に難聴があるといわれました。いつから補聴器を装用したらいいの?
A: 生後6か月以内を目標に補聴器装用を開始しておいた方がいいといわれています。
これは、先に述べた1-3-6ルールを元に提唱しています。詳しくいうと、1-3-6ルールをガイドラインとして提唱し、関係団体の合意を得たのは、Joint Committee on Infant Hearing (JCIH, 2007)です。JCIHは定期的に開催されていますが、最新の意見表明は、2019年に公表されました。
Q:なかなか補聴器を装用してくれません。大丈夫でしょうか。
もちろん6ヵ月以内に補聴器が装用できるようになるというのが理想ですが、焦ってしまうのもかえって逆効果です。
補聴器装用が早いほど、音声言語獲得につながる聴覚中枢を育てることが可能になってきますが、遅すぎるということはありません。専門家と一緒になって、「焦らず、あきらめず」補聴器を安定装用できるように工夫していただけたらと思います。
Q:おすすめの補聴器の選び方はありますか?
はい、あります。よかったら以下のまとめをご覧ください。
Q:小児の補聴器を調整してくれるところはどこ?
小児の補聴器を調整してくれるところで、代表的な場所は以下の3か所かと思います。
病院の耳鼻咽喉科(小児難聴外来や補聴器外来)
聴覚特別支援学校・ろう学校
療育施設(補聴器調整の体制が整っている)
※小児難聴に対応できるところは限られており、すべての病院や特別支援学校でやっているわけではありません。
Q:小児の補聴器を購入できるのはどこ?
先程の調整してくれるところで購入の手続きはできると思います。
ただ、正しくは仲介に入っている形で、実際は出張販売をしている※補聴器販売店等からの購入になります。
※補聴器販売店の出張販売業者を「業者さん」と呼んでいることもあります。この記事では、補聴器販売店と補聴器販売業者を同等の意味で使用しています。
認定補聴器技能者がいる補聴器専門店が推奨されていますが、そこの施設が信頼している補聴器販売店さんが入っています。
1つだけとは限らず複数の補聴器販売店が入っているケースもあります。
Q:補聴器を選んだり、耳型採取をしているのは補聴器販売店さん?
そうとも限りません。
病院の場合は、耳鼻科医や言語聴覚士の意見で補聴器が選ばれることもあります。
また、身体障害者手帳を持っている小児の場合は、各メーカーが出している福祉対応機種(正式名称は障害者総合支援法対応の機種)という選択になることが多いです。
補聴器の選定・耳型採取・補聴器適合・補聴器調整に誰が関与するかは施設によって異なります。
施設に所属している専門家が行っているところもあれば、補聴器販売店側が担当していることもあります。
場合によっては、すべての工程を専門家が行っている場合は、一度も補聴器販売店と顔を合わすことなく補聴器の代金だけ、仲介している補聴器販売店にお金を振り込むということもありえます。
補聴器販売店さんが仲介しているメリットとしては、故障・修理で緊急な対応が必要な場合は、担当している補聴器販売店に連絡してすぐ駆け込めるなど利便性があげられます。
Q:小児の補聴器を購入した場所が違っても、調整は可能?
病院や施設等で買った補聴器でなくても、該当するメーカーの機材等があれば対応可能です。
(例:パソコンにそのメーカーのフィッティングソフトが入っており、専用ケーブルもある場合等)
ただし、補聴器調整をしてもらう場所は、複数あると混乱のもとになるのでできるだけ信頼のできる一か所を見つけて、そこにすべてをお任せしましょう。(小児難聴の経験が豊富で正確で信頼性の高い聴力検査のできるところなど)
◆まとめ◆
スタートラインに早くつけた方がその分有利ですが、その後の速さは個人差があります。
スタートラインが多少遅れても、焦らない気持ちが大事です。
1人で悩まずに、安心して信頼できる専門家と一緒にやっていきましょう。
どんな専門家にかかればいいのか、全体の流れがわからなくて不安…など少しでも心配なことがあれば、デフサポにお気軽にお問い合わせください。
矢崎 牧 先生
以下専門家向け(もし興味があればどうぞ!)
新生児聴覚スクリーニング(NHS)の普及とともに大きくなってきた問題:1-3-6ルールの生まれてきた背景
新生児聴覚スクリーニングが普及すると、難聴児が0歳児で早く発見されるようになりました。NHS導入前には考えられなかったことです。ただし、残念ながら小さいうちに難聴を発見されたにもかかわらず、うまく早期療育になかなかつながらなかった難聴児も多くいました。
1-3-6ルールを提唱した米国では、NHSの普及とともに紆余曲折あり、「早期発見早期療育」の実現のために具体的な数字をあげることによって専門家や両親への啓蒙をはかったという印象です。
NHSで早期発見された難聴乳幼児を次のステップに結び付けなければ早期発見の意味がないという専門家団体の意見だけでなく、難聴児早期療育の有効性がエビデンスとしてわかってきたからというのもこのルールの背景にあります。そのエビデンスとして有名なのが、次の項目で述べるYoshinaga-Itano先生が1998年に発表された論文です。
どんな紆余曲折があったのか
新生児聴覚スクリーニングの普及に伴い、難聴の発見が早くなされるようになりました。だからといって、すぐに難聴のケア(補聴器の装用)、親への支援などの介入が早まったというわけではありませんでした。
現場では、NHSを導入したものの、両親に対して受け入れ先を紹介できずにきちんとしたフォローができていなかったなど、混乱していた時期もありました。
米国は、世界に先駆けてNHSを取り入れたリーダー的存在であり、先に述べたように80年代後半からスクリーニングを取り入れ始めている歴史がありますが、NHSで要再検査の結果を受けたけども、結果の詳しい説明もあまりなく、次にどこの施設に行ったらいいのかわからずに何か月も右往左往していた両親もおられました。
そのような現場での混乱に対して、大きな投石となったのが日系アメリカ人のオーディオロジストでありコロラド大学の研究者でもあったYoshinaga-Itano先生だったといえます。ちなみに、ヨシナガ・イタノ先生の所属するコロラド大学があるコロラド州が全米の中でもNHSを先駆けて導入した州のひとつだったのは偶然なのでしょうか。
論文の内容は、「早期発見され、早期療育を6ヵ月以内に受けた難聴児はそうでない難聴児と比較して、有意に理解・表出言語力が高かった」(Yoshinaga-Itano, 1998)というものであり、関係者に大きなインパクトを与えました。さらに、Joint Committee on Infant Hearing (JCIH) の意見表明報告書(2000)などの影響で、6ヵ月以内に早期療育を受けるべきだという考え方が出てきて、NHSだけの普及では不十分であるという認識が専門家の間で共有されました。こうして、早期発見と早期療育の結びつきを強める考え方が広まっていきました。
Yoshinaga-Itano先生による最近の報告
コロラド大学のYoshinaga-Itano先生らの2017年の報告によると1-3-6 ルールに従って介入を受けた子供の方が、6ヶ月以内に受けなかった子供より顕著に語彙力が上回っていた、
とあります。これは、EHDIの3ステージ効果を検討した初めての報告書といわれています。報告書によると、米国12州において8〜39ヶ月の448名の子供を追跡し、そのうち58%がガイドライン(1-3-6ルール)に従ったケアを受けられたとあります。結果をいうと、ガイドラインに沿ってケアを受けられたお子さんの平均語彙指数は、82であったのに対し、ガイドラインに沿えず介入が遅くなった子供の平均語彙指数は、75以下だったと報告されています。もちろんこれは1報告ですし、今後のデータが待たれます。
参考資料
1)Joint Committee on Infant Hearing (JCIH). The Journal of Early Hearing Detection and Intervention 2019. 4(2)
2)Seewald, R. and Tharpe, A.M. Comprehensive Handbook of Pediatric Audiology. Plural Publishing Inc. 2011
3)Yoshinaga-Itano, C., Sedey, A.L., Coulter, D.K., and Mehl, A.L. (1998). Language of early- and later-identified children with hearing loss. Pediatrics, 102, 1161-1171.
4)Yoshinaga-Itano, C., Sedey, A.L., Wiggin, M., Chung, W. (2017). Early hearing detection and vocabulary of children with hearing loss. Pediatrics, 140