【幼稚園時代①】難聴児通級施設に通っていたころ

実は前、ちらっと母の体験談として私の難聴がわかってからの話をしましたが改めて、聞こえない私が普通学校でどうやってコミュニケーションを取れたのか、どんな学校生活を過ごしてきていたのかを私目線で書いていければと思っています。その流れで普通学校で過ごすためのコツも一緒に書いていければと思っています♪ ※昔の記事とちょっと被るところもあります 【母目線】私が産まれて難聴がわかるまでのお話し
私は2歳で難聴が判明し、2歳半で補聴器を装用しています。 難聴がわかったころの私↓(写真がThe昭和!笑) 幼稚園に行く前は週に3回ほど難聴児通級施設に通っていました。 幼稚園に行き始めてからは週に1~2回、2時間程度でした。 年少の時はN幼稚園という一般の幼稚園に通い、年中、年長ではS幼稚園に通っていました。それと並行して月に2回、難聴児に発音と言葉を教えてくれる個人経営の塾みたいなところにも通っていました。この難聴教室って何!?と思う方がたくさんいらっしゃいそうですがこちらは追々書いていきますので!笑 ことばにするとわかりにくい…簡単に図解するとこんな感じ。 今日はこのうち、難聴児通級施設のお話です。

難聴児通級施設と口話

今は時代の流れでこちらの施設も手話を使うようになっていますが、私が通っていた当時は口話中心で教えている施設でした。私はここに3歳ごろはだいたい週に3回程度、そして4歳以降は幼稚園と並行するため週に1~2回程度通っていました。 どんなことをしていたのかというと、主にメインはこちらです。 ・いろいろな経験や体験を通して言葉を教える 例:遠足に行って言葉を教える、モノづくりを通して言葉を教える、四季の行事を体験して…等 ・紙に書いて言葉を貼る →机につくえ、窓に、まど と書いた紙を貼る感じです ・絵日記 →こちらは私がブログで力説しているとおりです!書き方は特に教えてもらっていなかったようですが、提出をしたりしていたので毎日書く習慣が付いたと話していました。 ・発音の練習 →ストローを使ったり、おせんべいを使ったりして舌を動かしていました ・文法の使い方 →いろいろなやり方を通して文の組み立て方を教えてもらっていました ここに通っていてよかったと思うのはいろいろな体験を基に言葉を教えてもらえたこと、そして絵日記を(半強制的に)毎日書くように言われていたことだと思っています。 一番左端です!こういう風にいろいろな体験をして言葉を教えてもらいました。(しかし写真が昭和!)

難聴児通級施設に通っていても、発音は悪かった。

この話をカウンセリング等ですると「ええ!本当に~!?」と結構驚かれるのですが本当です!本当に発音悪かったんですよ~! 大人になった今ではそこまで発音を聞き返されたりすることはなく、比較的言っていることが伝わりますが、ここに通っていた3歳から6歳ごろは発音の練習をしていたものの、はっきり言ってめーーーっちゃ発音悪かったです! 「結構発音良いですね~!最初から発音綺麗だったんですか?」とよく言われるのですが、それは今の話であって、昔は全然とんでもなかったです。 このころなんて、家族には言っていることが伝わるものの、幼稚園のお友達のおかあさんや、お店の人には全然言っていることが伝わらないレベル。「え?」って聞き返されるのがデフォルトでした。小さい時は本当によく聞き返されていました。 そうそう、私が二十歳のころの話ですが、掃除をしているときに昔の私と母の会話をテープに録音していたものがあったんです!それを処分する前に母がちょっとそのテープを聞いてみたらしいんです。 結果…ハッキリ言って全部、全く何を言っているのかわからなかったそう。それなのに当時の母が「うんうん~だね~」と普通に返しているのを聞いて、「耳って慣れるんやわ…本当に何言っているかわからん宇宙語やってん!あの時の発音めっちゃ下手すぎて、ほんといまちゃんと伝わることが奇跡的なレベルよ!!当時の私の努力ほめてや!笑」と力説していました。 というわけで、話がそれるけど、お子さんが発音悪いって心配している方、大丈夫ですよ!!発音は意外とコツがつかめればそこからは話せるようになります。 難聴児通級施設に通う前の私、発音が下手だった。 (今思えばそのテープ残しておいてもらえばよかったなあ~!今、欲しくなるなんて両親も私も夢にも思っていなかったです…笑)※発音は練習すれば多少は聞き取ってもらえるようになります!で、幼稚園時代ものすっごく発音が悪かった私は、なんだかんだで小学校5年くらいまで発音の練習をしていました。加えて小学校3年ごろからは周囲の表情や聞き返され度で発音を調整したりもしていました。この話はまたいずれ!

聞こえない子供とのかかわり

もうひとつ、両親にとっても他の同じ境遇にいる聞こえない子供やそのご両親と知り合えたことは本当によかったみたいです。同じ悩みを共有したり、情報交換をしたりと、聞こえない子供がいるという共通点が繋いだかかわりがあったおかげで、比較的両親の心に余裕があったと思います。 また、ここに通っているときは感じたことが全くなかったのですが、小・中学生になってくるころにはこういった「同じように聞こえない友達」がいることを知っているので、私だけが聞こえないんじゃなくて他にも聞こえない子がいるんだよな~と体感として知っていました。 特に私はずっと一般校に行き、手話などを覚える事も無かったので聞こえない友人と言えるのは本当にここで出会った人と、もう一つの難聴教室で出会った人だけです。頻繁に遊ぶということはありませんでしたが、同じように一般校で頑張っているんだよなーと思うと私だけが大変なんじゃないよなー聞こえへんってみんな大変なんちゃうんー!と気楽に思えたりすることもあったような気がする。うん。

難聴児通級施設に通うのを苦痛に思ったことはないのか

私の場合ははっきりいって嫌に思うことがほとんどありませんでした。 週に1回幼稚園を早退しないといけない日があり、幼稚園が大好きだったのでそのことに関してはいつもぶつぶつ文句を言っていましたが…笑 基本的には難聴児通級施設に通うのが当たり前の日常でした。 まあ、疲れているときに電車に乗ったりするのが嫌とかはあったんですけどね~、強いて言うならそれくらいです!笑 難聴児通級施設に行けば友達がいて、みんなが同じように学んでいるという感じで一種の幼稚園みたいな感じだったこと、そして他の聞こえる子がどんなふうに過ごしているかを分かっていなかったし、他の子が習い事で遊べないこともよくあったので、【私だけが大変!なんで私だけこんなことしなきゃいけないの~!】という思いはあまりありませんでした。 また、難聴児通級施設では「勉強」という感じではなく、「遊び」「体験」を通して言葉を覚えることを重視していたため、楽しいことが殆どだったのも大きいかも! ここを通してやってきたことは、意外と大人になった今でも結構覚えています。バザーでクッキーを焼いたり、スイートポテトづくりをしたり、発表会で劇をしたり、かるた遊びをしたり、しりとりをしたり、、、遠足に行ったり、旅行したり…楽しかったなあ~と今でもすぐに思い出せるイベントがたくさんです^^ 難聴児通級施設から遠足に行った時(たぶんなにかを教えてるところ) なので、子供としてはこういった施設に行くのを苦痛に思うこともなかったですし、他の幼稚園の子たちも習い事などをしていたので、おなじようなもんだな~と大人になった今でも思います。 通級施設、今思い出しても、楽しかったなあ~と思います!笑

ことばのレベルはどれだけ伸びたのか

これ、ばっさりいくとタブーかなあ?と思いつつ書いちゃいます! 結論から言うと、ここに通っていたおかげで伸びた!と思う部分ももちろんたくさんありますが、今思えば、う~~んこれは効果的だったのか・・・何の意味があってやっていたのかな?と思うところもたくさんあります。 もちろん、最初の言葉の基本である「生活言語」を獲得するにあたってのやり方は良かったと思います。机に紙を貼ったり、体験から言葉を教えたり、絵日記をしたり! でも「学習言語」に向けての学習まではできていませんでした。また、全体的なことばのレベルの底上げという意味でもどうかな~?と思う部分は、今思えばあります。(例えば最終目的の明確な設定やそれに伴う日々の目的の共有等はなかった…等) 私の場合は母のが個人的に実践していた教育と、もう一つの難聴児教室の指導が良かったことがあり、ここに通っている途中で文法や語彙が年齢~少し上のレベルに達したんですね。その際、こちらの通級施設では『もう学ぶことがないので、やめたらどうかな?』と辞めることもおすすめされていたそうです。(結局最後まで通いましたが) なので正直に書くと…学習言語面では怪しいが、生活言語面ではまあまあ良かった!という感じになります。笑 こちらの通級施設も今は手話を使った教育になってきていますし、通っていたのは数十年前の話なのでやり方もどんどん変わっていると思います!あくまで当時の話です~!笑 次回は幼稚園のお話ができればな~と思っています♪

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。