手話と口話、難聴児が選ぶべき道について

(久しぶりの投稿になりました…。しかも本日は長文です。)
手話と口話と、聞こえる世界のお話しについて。

私の主観入りまくりの話になりますが・・・難聴者の人と聞こえる人の世界は結構こんな風に分類できるんじゃないかと思います。

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・手話の世界
・口話・筆談の世界
・聞こえる人の世界

と分けたときに、大きく分けて、手話ができる人の世界と、できない人の世界に分かれてて、なおかつどっちともうまく共存している人もいれば、聞こえる人の世界とうまく共存している人もいます。

でも、イラストの斜線にあるとおり、うまく共存できている人の割合って少ないんじゃないかと思うんですね。(統計があるわけではないのでなんともいえないのですが、、、私の感覚です!!笑)

 

で。この世界の違いはどういうことかについて説明するとこんな感じ。

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手話の世界ってすごく難聴者にとっても、聞こえる人にとってもわかりやすい世界だと思うんですね。

みんなに情報保証をするにも”手話”をつかえば1人が手話通訳をするだけで、100人の(手話ができる)難聴者に情報を一気に届けることもできます。

そして全く同じ共通言語【手話】があるので、結構仲間意識が強く、手話ができるだけで一気に親近感がわいたりしやすいとも言えます。

手話を使える人同士の横のつながりって本当結びつきが強いです。海外で日本人に合うと仲良くなるというのと同じような感じですね。笑

加えて、聞こえないので手話で話してほしい、手話を使えば会話ができるっていうのは健聴者から見てもわかりやすいんですね。聞こえない=手話というイメージがあるのでイメージ通りで、結構わかりやすいとも言えます。そして、世間を動かす力を持っているのもこの世界だと思います。

例えば手話を使った料理教室があったり、ヨガ教室があったり、手話サークルがあったり、講演会等でも、手話を使った情報保証があったりします。

ただ、”手話ができる健聴者”とは密接な繋がりがあるけれど、普通に過ごしている聞こえる人とはあまり接点がないことも多く、聞こえる人にとっては、街中で手話を使ってる人を見たことはあるけど、その人たちが友達!という人はあまりいないかもしれません。


それに反して・・・
口話・筆談の世界中心に生活しており、手話をメインとして使わない(使えない)難聴者たちも数多くいます。(目立たないだけで人口割合的にはこちらのほうが本当は多いくらい。)

軽度難聴、中軽度難聴、老人性難聴であったり、中途失聴の人も多くの人がこちらに含まれるかもしれません。そして一部の高度難聴、重度難聴者も口話、筆談メインで生活しています。

※イメージ的には聾学校ではなく普通学校に通っている難聴者はこちらが多いと思っていただければと思います。

しかし、こちらの難聴者たちは手話を使えない人がほとんどです。しかも、普通学校に通っていたりすると身近に難聴者はほぼいません。現に私も幼少期の言葉の教室以降、社会人になるまで難聴者を身近で見たことがありませんでした。

そうなると、ほかの難聴者を知らないがゆえに、いろいろ相談する相手がいなかったり、手話の世界の人とはまた悩み等もちがっており、けっこう悩むことが多かったりします。

しかしどうしても”聞こえない”ことには変わらないので、聞こえる人の世界にもなじめず、かといって、手話メインの世界にもなじめず、孤立してしまうことがあります。

サポートする側としても、手話のように一律でのサポートもできず、○○さんは結構口が読めるけど、◆◆さんはほぼ筆談じゃないとダメ、□□さんは割と耳でも聞いているので最低限のサポートでいい…等、聴力の度合いであったり、本人の読唇術や発音のレベルで結構違ってくるんですね。

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なので、大切なのは、

・手話の世界

・口話・筆談メインの世界

・聞こえる人の世界

のどこにいてもいいし、そこに所属しなくてもいい。

でも、どこか一つは難聴者自身が”ここは自分に合うなあ~と思う居場所”に出会えるようにすることが一番大切だと思います。

子供の性格、周囲の環境、親だけでなく祖父母や兄弟の関係、年齢、その時の難聴者の考え方・・・いろんな要因が組み合わさってシームレスに中心となる世界が移動します。
難聴児のご両親にはそういった移動にも柔軟であってほしいなあ~と思います。

聞こえるご両親のばあいどうしても「聞こえる世界」にいてほしい!と思い、子供に強要してしまうことがあります。手話をつかわない!とか、普通学校に通わせる!とか。

でも、それで不登校になったり引きこもりになったり、子供自身が自分に自信を持てなかったら…もったいないなあ~と思います。だって人生ってめっちゃ楽しいのに!(笑)


もちろん私個人の考えとしては、聞こえる人と交じって生活したり、聞こえる人の世界に行ってみることは大事だと思います。

聞こえる人が大多数の現代社会において、聞こえない人とばかり過ごすのはもったいないな~と思うので、可能性を広げる意味でも、聞こえる人とも接していろんな世界を知ることは大事だと思っています。

なので、このブログでも、聞こえる人とも接して、聞こえる人の世界を知ることが大事!!と強調していますが、その前段階として、そもそも難聴者の子供自身が肉体的だけではなく

精神的に健康であるためにはまずは子供自身にあった暮らしやすい世界を選択することが一番です。

それは手話メインかもしれないし、口話メインかもしれない。それはどちらでもいいと思います。

そのうえで、できる限り将来の可能性を広げるための場所を準備してあげるのが一番いいんじゃないかな~と思っています。

なんだか長く語りすぎちゃった…
というわけで今日はちょっと固めのお話ですが、手話と口話についてでした!

9 Comments

牧谷さとみ

その通り!
コミュニケーション手段は何でもいいんです。
幼児3歳までの教育(親とのコミュニケーションが取れる手段)を確立さえしてさえいれば大丈夫です。
後は自然と輪が広がっていきます。
人や学校で教えてくれるものではありません。
大人になって孤立しないこと。
コミュニケーション手段は何にするかは本人が自然と身につけて、本人が選択するものです。

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yukako

牧谷さま

コメントありがとうございます!
幼児3歳までのコミュニケーションも大切ですよね。
本人が選択できるように色々なコミュニケーションの手段を選べるような選択肢を増やしてあげるのも一つの手ですよね。

私の場合は友人関係等もあり、手話を選択しないで、口話を選択したのですが、どっちでも選べる立場にいたのはすごく良かったなーと思っています!^^

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下岡孝子

難しい問題ですね。家は両親が聴覚障害者でした。手話は、日常会話的なものがわかる程度で社会人になって、やっと自分から手話に近づきたいと地元のサークルに入りました。子どもの頃、バスの中等で親と手話を使って話していると、好奇な目で見られ恥ずかしかった記憶があります。手話は聞こえない人の言語だと思います。共通に勉強出来ることで仲間も増えると思いますし。真里子さんの話とはずれているかもしれませんが、私の想い、でした。

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yukako

下岡さま

コメントありがとうございます!ご両親共に聴覚障害だったのですね。
手話をベースとしたコミュニケーションも聞こえない人の居場所として大切ですよね。
そして手話以外のコミュニケーション手段ももっともっと認められてもいいな~と思います。

コーダの方にはお会いしたことが無いのですが、両親が聞こえなくて大変なこととか苦労したこととかもありそうですね。
そういったお話も伺ってみたいです。電話を通訳したりするとか、手話を使うのが恥ずかしかったとかいろいろ難聴者の両親を持ったがゆえの話もたくさんありそうですね!

(真里子さんのお話のくだりは分からずすみません💦)

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mai

初めまして*
大阪に住んでおります、今年5歳3歳0歳の三姉妹の育児奮闘中の母です。
今月3歳になる次女が難聴で、右が105dB左が40~50dBぐらいの中等度難聴で、左に補聴器つけてます。
障害者手帳の申請がギリギリ出来ないぐらいの聴力です。
でも、今まだ言葉はあまり出てなくて、指差しや簡単な手話を少し使っています。
からだの発達の遅れもあり、最近やっとなんとか歩けるようになりました!

娘の難聴と発達の遅れは、私が妊娠中にサイトメガロウイルスというのにかかってしまい、母子感染してしまったことが原因です。
妊娠中から母子感染の可能性を指摘されていて、もし娘にも感染していて症状が出れば、難聴児が多いということを聞いていたので、
片方でも聞こえてくれてたら…という思いで、聴力検査の結果を聞いたときは
やっぱり…という気持ちもあり、多少の覚悟は出来ていました。

生後8ヵ月の頃から体のリハビリと難聴さんの教室に通っています。
聴覚支援学校の教室にも通い始めようとした頃に三女の妊娠が分かり、6月に出産したので今は学校にはなかなか行けていないのですが、秋頃からまた通うつもりでいます。

3日前ぐらいにこのBlogを見つけて、参考になりすぎて、全ての記事見させて頂きました!
絵日記の大切さなど聞いてはいたのですが、絵が下手すぎるのもあってなかなか手をつけれてなかったのですが、新生児の匂いくんくんしてばっかりしてたらあかん!!!と強く思いました!
ユカコさんとお母様の上手すぎる絵を参考にさせて頂きながら、私も少しずつでも頑張りたいと思います。

初めましてのコメント長々とごめんなさいヽ(;;)ノ
Blogでの大阪弁やツッコミも親近感感じて楽しくて、このBlogに出逢えたことをとても幸せに思っています(*^^*)
ユカコさんも育児に病院通いにお仕事に大変な中、こうして情報を発信して頂いてくださっていることにとても感謝致します。
これからも拝見させて頂きます!

毎日暑いですが、ユカコさんもお子さんもpapaさんも、体調などお気を付けください(´-`).。oO

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yukako

maiさま

初めまして!年の近い3姉妹!楽しそう♪羨ましいです~💛
障害手帳が申請できないくらいのぎりぎりの難聴って結構難しいですよね~💦
聞こえているところも多いし、かといって聞こえている人と同じようには話せないし…。
完全に聞こえないわけでもなく…みたいな感じですよね。

生後8か月から通われているんですね。我が子もリハビリ等いろいろ通っているのでとても親近感湧きます!
最近歩けるようになったなんて!!うれしいですね~~♡ホントにおめでとうございます♪
秋ごろからまた通われるとのこと、大変だとおもいますがあとあと楽になることを考えたらがんばりどころですもんね!応援しています。

3日前に見つけていただいて記事全部見ていただいたとか・・もう感謝感激です‼‼💛

絵日記も結構書くの大変ですもんね…わかります分かります!
書き始めてしまえばまだいいのですが書くまでが面倒なんですよね…~!

ぜひぜひこれからも見ていただけると嬉しいです~そしてコメントいただけてとてもうれしかったです‼‼
お役に立てることがあるならこれからも更新しよう!ってモチベーションがめっちゃ上がりました♪

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Yoshio

このブログをはじめて見た者ですが、難聴者の環境分類が今はもう少し違ってきています。私の息子は先天性の感音性難聴ですが、人工内耳を装用しており、9歳の現在は普通小学校に通っています。
先日、久しぶりに小学校入学前にお世話になっていた聾学校に行きましたが、息子と同じように人工内耳により聴力を後天的に獲得した難聴児が半数以上になってきているとの事でした。現状では手話の世界にいる難聴者が圧倒的ですが、今後は世代が進むにつれ「難聴だが人工内耳によってかなり聞こえる状況」の人が増えてくると思います。
ウチの息子が人工内耳の手術を受けたのは1歳半の時で、当時では国内でも最小の部類だと聞かされていました。親が勝手に子供の頭にメスを入れさせるのだから、子供の人権を…というご批判を頂く場合もあるのですが、その話はさておき、現状はもっと小さな子供が手術を受けるケースも増え、こうした子供たちは完全に健聴者と手話が使えない難聴者の重なりゾーンにいることになります。
今は学校といういわば柵の中で保護されているのですが、将来のことを考えると大きな不安があります。難聴者が一般社会(健聴者)に溶け込むには大きな言葉という壁があります。これを乗り越える手段の一つが人工内耳なのですが、先日、小学校の行事で宿泊する際にお風呂の問題が出てきました。お風呂では人工内耳の外部機を外さなければなりません。先生とも友達ともコミュニケーションが取れません。つくづく我子は難聴であると思い知らされました。
こんな時にQサインをみんなが使えたらどんなに便利かと思いましたが、現状では聾学校でも教えないところが増えているそうです。手話はその言語としての独自性に加えて、口語言語と同様に新しい表現方法が次々に生まれており、一度覚えても数年あるいは数ヶ月のブランクで新しい表現方法についていけなくなる事もあるようです。
長々と書き込みましたが、Qサインのような簡単な表現方法で全国共通のものが出来れば、手話者も我子のような中間者も健聴者にも交流できる要素が増えると思っており、YUKAKOさんの言うシームレスは難しくとも、3者の垣根を低く出来る可能性を持ってると思うのです。こうした状況を社会科学的な立場で研究・提言する研友者が出てきてくれる事を切に願っております。

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yukako

Yoshioさま

本件、お返事が遅くなり大変失礼しました。
確かにご教授いただいた通り、現在は人工内耳装用者がかなりの勢いで増加していますね。
本ブログは現在の私自身の感覚で記載してしまったのですが、おっしゃる通り乳幼児~学童期の子供たちが社会に出るころにはだいぶ世界観は変わると思います。
こちらに関しては近いうちに追記という形で改めて修正させていただきます。

人工内耳をつけるイコール、日常会話が問題ないというわけではなく、どうしても聞こえる人に比べたら理解度は格段に劣りますが、
それでも人工内耳が流通することで言葉の壁は以前よりも低くなっている人が増えてきていると思います。

実は個人的には人工内耳装用者の子供に会うと、ご両親が思っているよりも子供はわかっていないケースも多いのが気になっています。
(ご両親や、慣れた友達の声は聞きとりやすいが、それ以外の人の言っていることは結構わかっていなかったりするケースがあるため)

お風呂は確かにそうですね。あとはプールや海といった場所でも人工内耳を外す必要があるのでお子様は結構ドキドキするかもしれません。(補聴器も同様です。)
でもその時に改めて難聴に気づかされるということはYoshioさんのお子様は普段お風呂以外はコミュニケーションを取れてるってことですよね。本当にすごいと思います!

Qサインのような簡単な表現方法ですが、いくら簡単な表現方法であっても、健聴者に浸透させるのはかなり難しいと思っています(私自身の考えですが…)
こんなことを言うのもなんですが、もし私自身耳が聞こえていたら、そもそも難聴の世界を知ろうともしていなかったと思います。
へー、聞こえない人もいるんだな~くらいの感覚というか…。だから手話やQサインを覚えようとは思わないというか…。
でも私が勝手にそう思っているだけでもっともっと難聴のことが周知されるようになってくるとQサインを覚えようと思う人も増えるのかもしれませんね。

そして、現代社会の技術の発達はすさまじいものがあるのでVRやgoogleglassのようなものの進化で、眼鏡に字幕が付いたり、音声からテキストへの同時通訳等そういった技術の進化には大いに期待できると思っています。そして3者の垣根の状況を社会科学的な立場で研究されるかたが出てきてくれることは私も切に願っております。
もっと難聴や人工内耳や補聴器についてどんどん研究が深められていってほしいものです。

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teruteru

目から鱗でした❗
健聴者と聾唖者に一緒に読み聞かせできないか?と思い、難聴て手話サークル所属の学生に相談したところ、「手話勉強中で自信がない」と断られました。今、理由がわかりました。傷つけてしまったかもしれません。
私は、手話が全くできません。
すぐに実現出来ませんが、チャレンジする価値はありそうです。
とても参考になりました❗

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